奇跡について その3

奇跡について
シリーズになりそうです(笑)

自分のこの70年を振り返ってみると
ふと思ったことが
現実を大きく動かす人生なのには
自分ながら軽く驚いてます

ふと思うことって
何の脈略も無く
功罪や利益に関係なく
出来たら面白そう的な閃き

それは
本質(潜在意識)が宇宙と共振して
ふと
顕在意識に落とし込んで来る感じ

これもトライアスロン関連のお話

三石町の教頭から
平取町振内小の教頭職に
転勤になった年のことです

赴任してすぐに
近くの二風谷ダム付近をランニング

この景観と立地条件は
トライアスロン大会ができると
「ふと」思いました

直ぐにその足で
ダムの事務所に相談に行くと
ダムを泳ぐなんてとんでもない話と
けんもほろろに断られます

あまりにもシラケタ態度で
断られたので
まだ若かった私は
意地でも実現しようと
メラメラと心に火が付きました

そこで
当時北海道トライアスロン連合の会長職を
お願いしていた
国会議員なりたての頃の橋本聖子議員を通して
ダムの使用を打診すると
何とスンナリ使用許可が出ました

二風谷ダムの当時の状況は
散々でした

何故なら
アイヌ民族の大反対を押し切って
アイヌ民族の聖地を潰して
無理やり作った二風谷ダムなのに
その活用が頓挫していたからです

ダム建設の最大の理由は
洪水対策ではなく
苫小牧東部に出来る予定だった
大コンビナートに
工業用水と電気を送ることが目的でした
しかし
ダムは建設されたはいいが
その苫東の大コンビナートそのものが
現実化せず
ダムは無用に近い存在になっていました

その頃は
こんな陰口まで聞こえて来ていました

二風谷ダムは
多目的ダムではなく無目的ダムだ!

その年の夏に
紆余曲折の末
町の役場職員も巻き込んで
北海道のトライアスロン仲間が集合して
プレ大会を実施しました

そこでまた奇跡の連鎖
偶然にも
日本トライアスロン連合の幹部が
たまたま別件で東京から北海道に来ていて
このプレ大会のことを知り
視察に来てくれました

そこで
役場職員も関わっていたことで
平取町長も下見に来てくれて
ここで日本トラいアス連合の幹部と
町長との接点ができました

新しい地でのトライアスロン大会の
可能性を探っていた日本トライアスロン連合と
二期目の町長の目玉政策としての
トライアスロン大会の誘致が合致して
そこからの展開は驚くもので
何と翌年は国際大会になりました
オリンピツクや世界選手権への
参加ポイントを稼ぐ大会の一つになったのです

当日はNHKのBS放送もあり
私も町民代表で一般の部で
トライアスロンを楽しみました

そして
その国際大会も翌年は
規模を大きくして第2回大会が開催され
全国的に有名な大会に成長しました

ところが
3年目に大どんでん返しが起きたのです

長くなりそうなので
続きはまた明日

本日の一句です
ふと思う チャンス到来 すぐ動く


 

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