笑うランナー健幸日記

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zoom RSS 突破者の母

<<   作成日時 : 2016/11/25 17:37   >>

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 読書の秋は少し過ぎましたが

 アウトドアよりインドアの季節

 本を手にする時間が多くなりました

 

 私の大好きな

 いばや通信で

 http://ibaya.hatenablog.com/

 紹介されていた

 この本

画像


 

 市立図書館から借りて

 昨夜一気に読んでしまいました


 私もそうだったように

 男の子の育ちには

 グレートマザー的な

 野性的な母性の存在が

 大切だと

 私は常々思っているので


 ヤクザの家に育った共産党員という

 異色の過去持つ

 著者 宮崎学氏の

 このグレートな母親の生きざまに

 昭和の良き時代の

 郷愁を感じながら読破しました



 この本の内容の一部を

 紹介しますね


「オマエと兄貴と両方とられたら、会社がパンクするさかいに、オマエで止めてこい」「女房子供のことは心配するな、余計なことはしゃべったらあかんで」「警察の目はごまかせても、あての目はごまかされへんで」-ことあるごとに「男」を云々する極道の世界も、実は母系社会的な要素がきわめて強い。ヤクザの娘として、妻として、そして母として生き抜いたグレートマザーを突破者が切々と描く。



その母が、会社を倒産させた時の私が自らの命を断つ危険を感じていた。そして、そのことへの対応としてとった母の行動は、実に絶妙なタイミングであった。
 死を決意した私が最後の挨拶をするために母親を訪ねると、そこに鼈甲のメガネを質に入れてつくった金で買った肉で、スキ焼きが準備されていたのである。母の「生きる」ということへの強烈な意識が私の心理を見抜いていたのである。
 思うに、母は子供=私を守るためなら、なんのためらいもなく自らの命をさし出しただろう。「アウトロー的反理性」である。世間体とか、まして「独立した人格」といった概念とは対極にあるものだったと私は思う。それだけ、母は「生きる」という現実がいかに厳しい営みであるかを無意識のうちに体得していたのだ。
 母の一生は見事な一生だったと思う。捨て身で子を愛することのできた人だった。
 




 私の育った環境は

 この本のような

 ヤクザの家庭ではありません


 しかし

 レベルとラベルの違いは

 相当ありますが

 修羅場は似たようなものでした


 いつも家の二階には

 出稼ぎの若い者がゴロゴロしていました

 
 そんな彼らが

 酔って町でけんかして

 血だらけになって来たり

 精神がオカシクなる人がいたり

 借金取りが出入りしたりの

 修羅場はこの本とそっくりです


 その都度

 母が全面に出て

 怒ったり

 なだめたり

 場をつくろったり

 今思えば

 私の母も

 グレートマザーでしたね


 そんな母も

 昨年春に他界しました

 その母のことを書いた下記ブログ

 少し長いですが

 時間のある人は読んで頂けると

 とても嬉しいです

http://sakuragisho.at.webry.info/201504/article_2.html
 


 本日の一句です

 突破者 グレートマザーが 後ろ盾


 
 今年も

 麹造り

 味噌造りの季節になりました

 
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 興味のある人は

 いつでも連絡を下さいね

 sakuragisho@gmail.com

 

 


 

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